光芒
引っ掛かった小骨が米粒に絡まって食道を転がっていくように、或いは適当に遊んでいた知恵の輪が何の気無しに解けるように、はたと気付いたことがある。
あの日から時間が止まっている。
いや、正確にはあの日から"動こうとしていない"。
扉が開いているか確認もせず、見ないふりをしてあの日にしがみ付いている。そうでもしないと、扉の先にある途方もない光に両目が焼かれてしまうと思い込んでいたのだ。
"あの日から時間が止まっている"
雨音を聴きながら、落雷を受けるようにはたと気付いた。そして、この連日続く雨の行き着く先にある海が見たいと思った。
扉を開けて踏み出さなければ外は歩けない。海までには足を刺す石も、肌を焼く紫外線も、病気をもたらす虫も、体温を奪う雨もあろう。それらの痛みをもってしても、総てを飲み込んでしまう程の青々とした海を臨む価値は十分にあると思うのだ。
"ここにいても時間が動かない"
潜在的な感覚に気付き、あの日の中で出口を探している。物が多すぎて躓いたりもした。擦りむいた跡がじんじんと痛む。でも痛覚があるということは裏返せば生きているということに他ならない。痛みを堪えて、ドアノブに手を掛けた。
それはすべて海が見たいから。
海を臨めば、きっと変われる。自分を自分にしてくれる存在だと信じて疑わない。海が呼んでいるような気がして、魔法のように吸い寄せられていく。ドアノブの先にある幾多もの困難を乗り越えて海に辿り着いたとき、それがどれだけ掛かるか見当もつかないけれど、きっとそれは何処まで潜っても底の見えないような澄んだ青空と一緒に待っているはずだ。
扉の隙間から微かに光が差し込んでいる。
それは薄明光線のようにすっとあの日の中を伸びて、胸元の辺りを照らしている。
床に落ちる滴は川のように頬を伝っていた。
時計の針の音が聞こえた気がした。
もう迷わない。