安らげる場所
今まで、受動的だった。
というのも、どちらかと言えば身体の感じ方よりもカレンダーで季節を迎えていたようなのだ。
それはそれで間違いじゃないのかもしれない。でも、季節はその年々で気候のずれから長さも違うはずだし、そっちの方が趣きがあるじゃないか。
個人的には秋が好きで、"肌で感じる風が冷たくなってきたら秋"の定義で生きてきたから、まだまだ暑い日々に全く秋のことなど頭になかったのだけど、先日「秋の足音が聞こえませんか?」の言葉にハッとさせられたのだ。
そのひとも秋が好きだが、好きが故に自ら秋を求めにいっている。その姿勢にどこか憧れのようなものを感じた、と同時に、今までの僕の受動的な生き方に辟易としたのだ。
ああ、このひとは秋を捕らえに行っている。なんて素敵な考え方なのだろう。
何の偶然か、それから数日後に、それまで蒸し暑かったはずの朝晩の空気が少し澄んでいる気がした。単純かもしれないが、きっとそれは気のせいじゃない。僕は秋を求めにいったのだ。それは嬉しいことで、これからの生き方にもきっと繋がるはずだ。
当たり前の話だが、まだまだ学ぶことが多いなあと感動したのです。
-----
声が僕を僕にしている。
秋めいた夜の風がそれを確かなものにした。
-----
十月の夕暮れが寂しげに街を映す
僕はただそれを見ているだけ
君を想って
何処からか愛しさが胸に込み上げたなら
セーターなど着ていなくても
そっと温もる
僕はなぜ繰り返す別れを受け入れてきたんだろう
その謎が君と出会い ちょっと解けた
孤独という暗い海にひとつの灯台を築こう
君はただそれを見ていればいい
一番安らげる場所で
人はなぜ幸せを闇雲に求めてしまうんだろう
何より大事な物も守れずに
この恋の行き先に何があるかは知らない
ただ静かに手を取っては 永遠にと願う
いつも君と二人で