迷い子
信じたものが不安になることがある。
想いは伝わるものだって、夢は叶うものだって思っているけれど、そうでないことも知っている。それは信じているというよりも願っていると言った方が近いのかもしれない。
今の僕は何なんだろう。
一体、何処へ向かっているのだろうと、心許なく足元を見つめることがある。
僕が歩いている道は果たして正しいのか。
僕が求めている景色があるのか。
信じていると思っていたものが実は勝手に自分が作り上げたもので、裏側を見ればただの張りぼてだったりするのではないか。
そう思うと、とても不安になって、いてもたってもいられなくなる。
自分が今いる場所が見えなくなって、帰り道が分からない迷子のような感覚に陥ってしまう。
かと言って、自分の感情だけで歩いていると道がそもそも無くなってしまう。
それを描いた映画といえば、以前も紹介したけれど思い浮かぶのはショーン・ペン監督の「イントゥ・ザ ・ワイルド」と本木雅弘・深津絵里主演の「永い言い訳」。
質感の全く異なるこのどちらの映画にしても言えるのは、孤独では生きてはいけないということ。
ひとりでは生きていけない。"人生は他者"なのだから。
だから、ぴったりと息の合うひとに出逢えたならそれはとてもしあわせなことです。
話していて楽しいだとか、一緒にいると落ち着くだとか、この先を並んで歩きたいだとか。
喜んだり悲しんだりできるひとと一緒に時間を共有すること、それをしあわせと呼ぶのではないでしょうか。
僕はしあわせになりたい。いつだって、そう思っています。
You don't have to love me as much as I do, so I want you to love me as much as you can